モーツァルト&マタイ終演(追記あり☆)

YMCAオラトリオ・ソサエティでのモーツァルトな演奏会、
東京バロック・スコラーズでのマタイ受難曲演奏会
終了いたしました。

金曜日は杉並公会堂でモーツァルト。
5月のモーツァルトを踏まえて・・・というわけではありませんが
低い音でもアンサンブルの中にいても、力まず、いいポジションで・・・
と歌った結果、
前回よりも、いろんなことがうまくいったような気がします。
アンサンブルが本当に楽しかったです。
これも、共演していただいた皆様が素晴らしいおかげだなぁ。
そしてひとつひとつの合唱曲が大変丁寧に歌われていて、
指揮者の渡辺善忠先生と合唱団の皆様が
この作品に取り組んでこられた姿勢を、本番の舞台で見せていただいたような気がしました。

皆様、ありがとうございました!


土曜日はいよいよマタイGP。
私はこの時点ではじめて、すみだ少年少女合唱団の歌声を聴きました。
・・・!!!
第1曲目から、涙腺が激しく刺激されました・・・!!!
なんて無垢な歌声。。。その声で
「おお神の子羊よ、けがれなき・・・」
とコラールを歌われて、それが大人の合唱の声と掛け合って、
もう本当にボロボロ泣いてしまいそうでした。
年々、子供の声に弱くなるなぁ。。。

さらに。
自分のアリアでは、ものすごく緊張して
Erbarme dichを歌う前なんて、心臓バクバクだったりしてたくせに
大好きなソプラノのアリアAus LiebeとバスのアリアKomm,süßes Kreuzでも
さらには62番のコラールなどでも
うるうるしちゃって・・・

こんなことではまともに歌えない!
大好きな「マタイ」ですが、楽しんでいる場合ではない!
もっときっちり、歌うことに集中しよう・・・

そう思っていました。
本番当日のリハーサルが終わるときまでは。


ひととおりリハを終わらせて、指揮者の三澤先生が
出演者全員に向けて、お話をなさいました。

「マタイ」という作品は、特別な人の話、ということだけではなく
皆さんの大事な人が、無残な死に方をした、と捉えてみてほしい。
そして、皆さんは大事な人に対して「後悔」した経験はないだろうか。
ひどいこと言っちゃった、とかやっちゃった、とか。
その「後悔」からこの作品は始まることを考えてほしい。
イエスは死んでしまうんだけど、
だけどそれは「愛」ゆえであり、最後はそれが希望へとつながる、と確信できる
そんな演奏を目指したい。
今このときに、せっかくこんな素晴らしい作品を演奏するのだから
「愛」ということをもう一度胸において演奏してほしい。

そんなようなことだったと思います。

会場に自分の声がどう聞こえているか、
オケの方々とのバランスは、音程は、発音は・・・
そんなことだけ考えて、せせこましい、
見栄えの良い、でも中身のない演奏をしようとしていた自分がいました。

それじゃダメなんだ。
心から歌わなくちゃ。

「後悔」と「愛」をもって。

そして本番。


心で歌いました。
いろんなことがよぎりました。
6番のアリアBuß und Reuでは
私もたくさんたくさん後悔してることあるな・・・苦しいな とか
39番のアリアErbarme, dichでは
みんなが悪口言っても、私が一緒にいる
だってどうしても憎めないんだよこの人・・・そういう感じかな とか
52番のアリアKönnen trenenでは
「傷から溢れる血の受け皿としてください」って・・・
ものすごく不謹慎かもしれないけど、家族が事故とかにあって
大怪我をしたりした状態を、自分が迎えにいくのってこんな感じかな・・・
目を背けたくなる状態でも抱きとめる感じかな・・・ とか
60番のアリアSehet, Jesus hat die Handでは
すみだトリフォニーホールは木目の美しいホールですが
2階席と、そこから左右に突き出たバルコニーだけ白く塗られていて
ああーなんか両腕が私たちのほうに向かって伸びてて会場を包んでるみたい!
なんて思ったりして。

いろんな気持ちをこめて、歌いました。

でも。でも。
そんな風に心で歌っていいのは、
もっともっともっともっと、技術的な穴を埋めて、練習して、
もっともっともっともっと自分の体に歌がぴったりくっついてる
そういう状態になっている人だけ
ということが、よーくわかりました。

どういうことかというと。

ソプラノの、国光ともこさんのお歌。。。
これは打ち上げでも言いましたが、
三澤先生に、国光さんと合同でアリアのレッスンをしていただいたとき
Aus Liebeというアリアは、その前のレチも含めて、
イエスという人は、素晴らしいことをあんなこともこんなこともしていた
とても素敵な、すごい人だった、ということをポジティヴに歌うんだよ、
じゃあなぜそんな素晴らしいひとがあんな死に方をしなくちゃいけなかったのか―
最初のコラールからずっと、なんで?なんで?と問い続けてきて
その答えは「愛ゆえに」だと、ようやく答えを出すのがこのアリアなんだよ、
だから嘆くだけじゃなくて、明るさがあっていいんだよ、
そんなお話をなさっていました。
本番での国光さんのお声を聞いて、私は
なぜ、三澤先生が国光さんを起用なさったか、ものすごく納得できたような気がしました。
国光さんのお声の芯に、絶対的な明るさがあるんです。
ギラギラした光ではなく、優しいあかりのような。
なんて素晴らしいんだろう・・・こんな難しい曲をこんな風に歌えるなんて。
どれだけ努力なさったんだろう・・・やっぱりすごい。素敵だなぁ・・・

こらえていた涙が、やっぱり出てしまいました。

あともうひとつ、大好きなアリアKomm,sußes Kreuzを歌った
バリトンの薮内俊弥くんは学部からの同期ですが
言葉をかみ締めて、かつ優しい思いやりみたいなものが感じられる歌で、
ご結婚されて、パパになって、
昔から本当に上手で、いい声でいい歌うたうひとだったけど
ひとつ上のステージにいってるな・・・すごいなぁ・・・

こちらも涙がポロリ状態でした。

今回は、モダンオケで合唱も大勢で、
とても「ふくよか」な演奏だったと思います。
特に合唱の良さが際立っていたと思います。
リハ中に客席からコラールなどを聞いていて
会場に、ひとつひとつのコラールにこめられた思いがそのつど充満していて
普通の生活をしながら今日を迎えた皆様の
地に足がついた、生身の人間の歌だなぁ・・・という感じがすごくしました。
親近感のわく、共感・共有できる合唱だったと思います。

そして、指揮者の三澤洋史先生。
演奏会企画当初は、先生は指揮だけに専念する予定だったのです。
しかし、チェンバロを弾き、すぐさま立ち上がって指揮を振り・・・
相当に体力がないとできないことです。
先生の情熱に突き動かされて、みんなが引っ張られて高まっていく。
本当にすごいと思います。

もちろん!忘れてはならないのが福音史家の畑儀文さんとイエスの浦野智行さん。
お二人の、高い技術に裏打ちされた素晴らしい語り口なくしては
こんなすごい「マタイ」は成り立ちませんでした!!
個人的には、Erbarme dichの前の、「ペテロは激しく泣いた・・・」と仰る場面、
私もあんなふうにとめどなく涙を流したい。。。あのレチに呼応する歌が歌いたい!と
Erbarmeに挑んだのですが・・・)

ここまで、素晴らしい共演者の皆様のことを書き連ねてきましたが
振り返って私はどうだったか?
もっともっとできることがあったんじゃなかいか?
その場その場の感情に流されて歌ってなかったか?

という思いが消えずにいます。

と同時に
これが今の私。
初めてのマタイソリストをいただいて、
完璧じゃない、足りないところだらけだけど、
そのまま今の自分100%でぶつかったことは確か。
物語の傍観者ではなく、ずっとその中にいられた。

そんな気持ちもあります。

で、「心で歌っていいのは、そこまでに技術的な努力を積み重ねた人だけ」
ということにいたるわけです。


これからの私のテーマにしよう。

本当に、よい経験をさせていただきました。

打ち上げでは、講演会をしてくださっていた礒山雅先生と佐藤研先生に
お話を伺うことができました。
礒山先生には60番のアリア、あの歌で
そこまでつらく苦しい場面を描き続けてきたのが、救いへと転換する
その「転換」ができていたように思う、と仰っていただきました。
ただ、もっと
ひとつの単語、ひとつのセンテンス、ひとつの歌、さらには作品全体を貫く
「テーマ」があったほうがいい、いろいろやっているのはわかるけど、とも
仰っていただきました。

一本筋の通った歌。
小手先でない歌。
そういうことだと思います。

佐藤先生には、Erbarme dichを褒めていただきました。
聖書学をご研究されている先生に
「伸びる声に翳りがあってそれがとても良かった」なんて仰っていただけて
うれしくて泣きそうでした。

三澤先生には詳しくご講評いただけませんでしたが
(なにせ打ち上げではみんなが先生とお話したいので)
ぜひ伺ってみたいと思います。


こうして私のはじめてのマタイソリストへの挑戦は終わりました。
関係者の皆様、応援してくださった皆様、ありがとうございました。
どうかどうか、また歌えますように。
そして、本番の舞台で心で歌えるように
もっともっと、準備の段階で努力することを誓います!!


<追記>
指揮者の三澤洋史先生が、
ご自身のサイト「Cafe MDR」の中の「今日この頃」7月2日付けのエッセイで
マタイ演奏会のご感想を書いていらっしゃいます。
福音史家の畑さんの素晴らしさ・・・
玉虫色の響きを持つ合唱・・・私もすっごくいいなと思いました!
そして・・・エッセイの最後のほうで我々ソリスト陣にもお言葉をいただいています!
ありがたいことです。。。泣けます。。。
なんとか、先生が目指していらしたことは、おつとめ果たせたのかな。
ものすごくほっとしました。
でも、三澤先生が「止まりませんよ~う!」と仰っているのと同じく、
私ももっともっといい歌うたえるように、進化します!
自分自身のためにも。
そしていつかまた、三澤先生の棒でマタイが歌いたいです!

by takahashi_chiharu | 2012-07-02 11:27 | 演奏会記 | Comments(5)

Commented by 丸樹 at 2012-07-02 12:57 x
三澤監督・指揮者がプログラムに書かれていた「満を持しての演奏」という気持ちが伝わる素晴らしい演奏だったと思います。ソリストの皆さんもそれぞれ素晴らしい表現だったと感動しました。勿論コーラスも素晴らしかった、オケの演奏も素晴らしかった。!!!
Commented by at 2012-07-02 13:09 x
最後に二次会までおつきあいいただき、本当にお疲れ様でした。いっしょのステージに立てたことを大変うれしく思っています。心のこもった歌声を身近なところで聞かせていただきました。本当によかったです。きていた方々からも合唱だけでなく、ソリスト、オケみんな素晴らしかったといっていただきました。
Commented by takahashi_chiharu at 2012-07-03 10:01
>丸樹様
うれしいコメントありがとうございます!!
三澤先生と東京バロック・スコラーズが充実の時を迎えているのは間違いないと思います。ぜひ今後にもご期待くださいませ!

>田様
こちらこそ、本当にありがとうございました。
オケの方々も、いい演奏をしよう、三澤先生と合唱団が作ってきた音楽を汲み取ろうと真摯な演奏をしてくださって、素晴らしかったですよね。
レチの合間などに時折訪れる静寂が、お客様が物語の中に引き込まれているのを表していましたね。いい演奏会だったと思います。
次もまた、頑張りましょう!今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
Commented by desire_san at 2012-07-03 14:44
「マタイ受難曲」の演奏会、お疲れ様でした。
「マタイ受難曲」は過去に4回ほど聞いたことがありますが。不思議に演奏により印象が変わるような気がします。それだけ奥が深く難しい曲で、演奏に参加されるにも難しい未だと思います。今まで聞いた演奏は、ロマン派的なドラマ手ティクな面を前面に出したような、良い意味でも悪い意味でも現代人に受けることを狙った演奏だったようですが。今回の三澤洋史先生は、あくまでバロック時代の作曲家・バッハという意識を重視していたように感じました。高橋さんをはじめ、ソロのアリアも美しく、心休まる演奏だったと思いました。
Commented by takahashi_chiharu at 2012-07-03 15:52
>desire_san様
お出かけいただきまして、ありがとうございました。
同じ作品でも演奏者、会場などによってその印象はずいぶんと変わるものだと思いますが
マタイではその傾向が特に強く出るのかもしれませんね。
私もマタイはここ数年毎年合唱を歌わせていただいていますが、
毎回違った感動を覚えます。

また聴いていただけますよう、がんばります。
お優しいコメント、ありがとうございました。