ふたつのカンタータ

3/23のBCJチャリティコンサートで歌う二つのカンタータの譜読みをすすめています。
明日は合唱練習。

BWV106「神の時こそ最上の時」は
もともと追悼の式典のために書かれた曲ですが、
なんて深い慰めに包まれた曲なんだろう、と。

アルトが
In deine Hände befehl ich meinen Geist;
Du hast mich erlöset...
「あなたの御手に、私の魂を委ねます、
あなたは私を購ってくださったのですから」
と歌う切ないアリアがあるのですが
ここで使われているbefehlenという言葉は
もともと「命令する」という意味で、直訳すれば
「私は私の魂に、あなたの御手の内にあることを命じます」
となるでしょうか。
そこに、バッハの切ない音がつくと
だれでも、いつでも喜んで死ぬわけじゃない、
神を頼みに、ここで命が尽きるという運命に身を託すんだ、という
しんとした、厳粛な気持ちになるというか。

亡くなった方は、どんな思いで
運命に身を委ねただろう・・・

でも、神は
生きていれば多かれ少なかれ持っている悩みや苦しみから
死によってErlösen(解放)してくれて
人は、安らかに憩うことができるのだ・・・


人は必ず死ぬ、それは厳然たる事実なのであって。
とても悲しいことだけど、逆らえる人は誰もいなくて
でも、こわがらなくていいんだよ・・・ 
見送る側も、後悔したり苦しく思わなくていいんだよ・・・ と

このカンタータ全体を通して
旅立つものにも見送るものにもやさしいまなざしが注がれているような。。

なんだか、じーんとしてしまって
譜読みしながら涙してしまいました。
前にも歌ったことのある曲なんだけど、
前はこんな風には思わなかった。

やっぱりあの日の前と後では違う世界に生きているのだと思います。

... そしてもうひとつのBWV21「私には多くの憂いがあった」は
すごくドラマティックな構成。
深い憂いに沈んだところから始まって、力強いメッセージへと昇っていく。
この曲も、前にターフェルムジーク鎌倉で演奏したことがあるのですが
改めて、とても励まされる思いで譜読みしました。

あの日から1年、ということで
テレビでも被災地の現在の様子を見ることが多くて、
1年たっても今なお厳しい現実に、自分の非力さに
胸が塞いでしまうこともありました。
1年たっても、深い深い悲しみの前で
何も変わっていないように感じている方も、多いと思います。

決して、軽々しいことは言えないですが
ゆっくりでも、必ず前へ進んでいける、
思い出を胸に歩いていけるように、いつかきっとなるから
どうか、無理はしないで。
そういう、温かくて力強い励ましの思いがめぐりめぐって、
ご苦労されている方々に伝わってほしいと思います。

チャリティコンサートに参加させていただく機会をいただいて
私に少しでも出来ることがあるなら、それに対して全力で取り組む。
それしかないですよね。


・・・とってもとってもいい演奏会になりそうな予感が
ますます、してきました。
明日の合唱練習が、楽しみ。

チケット、まだあります!
3/23は、ぜひ調布へお出かけください。
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by takahashi_chiharu | 2012-03-08 21:50 | 日々のこと | Comments(0)