藤の花

團伊玖磨(だん・いくま)さんの歌曲に
「藤の花」という曲があります。


藤の花      大木実 作詩

藤の花が咲いてゐる
とほいおもひでが
ゆふぐれどきの燈火(あかり)のやうにかへつてきて
こころを濡らすのである
あきらめたはず
あとはそのまま忘れてしまひたい
花は風に吹かれ陽に揺られ
咲いては散り
あれから幾年(いくとせ)かは経つていつた



この曲、昔から大好きで
いつかきちんと歌ってみたいと思っていたのですが
昨日、人前でご披露する機会がありまして。

大好きな曲なだけに、難しさも感じていて
どうせ歌うなら上手に歌いたい、
でも声だけの歌、テクニックだけの歌にしたくない、という
葛藤があり。

この曲、前奏にあたる部分が1拍しかないのです。
「藤の花が咲いている・・・」って歌いだすにあたって
どんな息を吸おうかな・・・ って考えて
先日、藤の花を見に行ったときに、ふんわり甘い香りが満ちていたのを思い出して
あの香りを嗅いで、
「ああ、今年も藤が咲いたなぁ・・・」って、香りで気づく感じかな、って。
「香り」とか「匂い」で鮮やかによみがえる記憶、ってありますよね?
お花の香り、雨の匂い、本の紙の匂い、美味しい匂いなどなど・・・
藤の花って色も形も主張が強いわけではないので
ふと気が付くと「あ、咲いてる」って感じだと思うのです。

「とおいおもひで」は、きっと、しあわせだったひととき
もしかしたら、実らなかった恋かもしれませんが
それが思わぬタイミングで胸を満たして、甘い疼きにきゅんとして
あきらめたはず、あきらめたはずでしょう・・・と自分に言い聞かせ
いっそ忘れてしまいたい・・・というけれど

たぶん、この人は、この思い出を忘れられないし
本当は、忘れたくないなってどこかで思っていると思うのです。
作曲者の團伊玖磨さんもそう感じたのか
「あきらめたはず・・」と歌う部分では
ピアノの伴奏はひそかに、優しい旋律を奏でているのです。

藤の花って、小さい花が寄り添いあって
ゆらゆら風に揺れて、
時の流れに身を任せている風情がありますね。
そんな藤の花に、自らの過ごしてきた数年間、もしかしたらもっと長い月日を
重ね合わせて見ているのでしょうね。

抗えない「流れ」とか「状況」とか「環境」って、ありますよね。
努力や挑戦をしない、ということではなく
いろんなことをちゃぶ台をひっくり返すように「えーい!」って放り出しちゃう
自分の気持ちだけに正直に生きる!
なーんてことは、できるようでできない。
いろんな人と関わりあって生きている以上は。
もしどうしてもやるなら、本当に腹をくくってやらないといけないとも思う。
こういうの、日本人的な感覚なんでしょうか?
私も、留学するときにはとても罪悪感がありました。
が、それ以上に「今行かないともう先に進めないかも」みたいな
背水の陣的な感覚もありました。
・・・まぁ過ぎてみれば何をあんなに切羽詰っていたんだろう、という思いも
ないわけではないですが、そういう思いだっただけに、
ウィーンに行かせてくれた家族、今の主人、お仕事の関係の皆様、先生方など
私と関わってくださっている方々には、本当に感謝しています。

・・・アナタのように自由に好きなことして生きてる人が何を言うか!
という声がどこからか聞こえそうですが(笑)


ちょっと話が逸れましたが。
藤の花が咲いている期間というのも、決して長くはないのですよね。
いつも最寄駅へと自転車で向かう道に
藤棚のあるお宅があって
毎日「咲いてる♪」と楽しみにチラ見(自転車上だからね)していたのですが
2週間くらいかな?静かに咲いて、静かに散っていきました。
藤の花を見ているこの人の思いも、
よみがえってはまた仕舞い込み・・・ということを繰り返して
過ごしてきたのでしょうね。
普段は昔のことも思い出さずに、毎日坦々と、忙しくしているかもしれないけど
たぶん、来年も、再来年も
藤の花が咲くのを見れば「とほいおもひで」が胸によみがえる・・・
まだ、続いていくんだと思うのです。
最後の和音が、解決しないで終わるんですもの。
たぶん、また来年も、思い出すんだろうな・・・ って。

ああー、やっぱりいい曲だなぁ。
で、こんな風にいろんなことを感じて、思って歌っている っていうことが
ほんのちょっぴりでもいいから、
聴いて下さる方にほんのり伝わる歌がうたいたいなぁ。
でも、そのためには、「自分の気持ち」も大切なんだけど
「歌にふさわしい自分」も必要なんじゃないかなっていうか。
気持ちに溺れない、でも心をなくさない。

ある曲に対して、
詩を読み、メロディをさらい、楽譜をよく見て、発声のテクニックを工夫して
いろんなものを見て、五感で感じて
うまく歌いたい欲に負けず、独りよがりにならず
精一杯歌う。

今回は、非常に良い勉強ができました。
これからも、日本歌曲のレパートリーをこつこつ貯めていって
いくつかまとめてご披露する場を、作っていけたらと思っています。
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by takahashi_chiharu | 2011-05-22 10:32 | 演奏会記 | Comments(0)