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好みって危険

チャリティコンサートを終えて、
また、自分の勉強を再開しています。

最近のお題は日本歌曲。

ここんとこ、どうも日本語の歌をうたうと

あれ?大して高くない音なのに、苦しい・・・
息が続かない、喉が疲れる・・・

自分はなんでこんな不健康な歌い方になってしまうのだ?と
考えていました。

歌いなれたドイツ語の曲なら、どうかな?と思い、歌ってみると
なんということはなく、楽しく歌える。

母国語である日本語で歌うときには、
歌詞の、言葉に対するイメージや言葉が持つ感情に
ダイレクトに入り込めますよね。
だからこそ、自分の体の中の、よい道を通らずに
口先から声が出てしまうようなのです。
「語るように歌い、歌うように語れ」とはどなたの言葉かわかりませんが
息の通り道をしっかり確保しつつ語る
ということを心がけなくてはいけないな、と。


あと、考えられる原因がもうひとつ。

「自分の好きな声」って、ありますよね。
皆様には、ジャンル問わず「好きな歌い手さん」っていらっしゃいますか?
おうちにあるCDのラインナップを見直すと自分の好みって見えてきますよね。
私は・・・圧倒的にメゾソプラノさんのCDが多いです。
アンネ・ゾフィー・フォン・オッター、白井光子さん、クリスタ・ルートヴィヒ、
エリーナ・ガランチャ、スーザン・グラハムなどなど・・・
まろやかであたたかい声の人が好きです。

しかし
人の耳ってよく出来ていて、
ある特定のリートのCDばかり聴いていると、
自分が歌うときにも、CDの歌い手さんの歌いまわしや声の色などを
知らず知らずのうちに真似してしまうってことがあると思います。
自分の心からの言葉で、自分の本当の声で語るからこそ、
歌に、聴く人の心に働きかける力が宿る と思うので
「モノマネ」にならないよう、気をつけています。
もちろん、ステキだなぁ☆と思える部分は大いに参考にしますが!

で、
私にとって危険な歌い手さんが、もうひとり・・・
フランス人のコントラルト
(アルトよりももっと深い響きのある声で歌う女声をコントラルトといいます)、
ナタリー・シュトゥッツマン。
お背も高く、手足も長く、大柄な体から溢れる
深々として、どっしりと包容力のある声には、本当に憧れます・・・
しかし
「あぁこの声好きだなぁー」と耳から受けた刺激は、意外と強力であるらしく
気をつけないと、すぐに「好きだなぁ」の真似をしたがるようなのです。
各自の体に合わせた、いわば完全カスタムメイドな他人の声を
耳からの印象だけで真似っこしているわけで
どうも、体のあちこちがサボってしまうのか、良い発声というわけにはいかず

暗い
こもる
音程低い

という悪循環になりがちです。。。

今までの自分の歌の調子のサイクルを振り返ってみると
リサイタルや大きな本番などを目指して
集中して自分のソロの勉強をしているときは良いのですが
そういうのからちょっと遠ざかると、「真似っこ」に陥りがちだ
ということがわかってきました。

最近感じていた不健康さも
そういう部分にも原因があるようだと
やっと、気づきました。

・・・好みって危険。


幸か不幸か、私の声は
「メゾソプラノ」なのです。
半分ソプラノ。アルトでもなく、ソプラノでもない。

そして、そもそも
誰のでもない、私だけの声。
私自身が自分の声を大事に思って、もっと掘り出してあげなくちゃ。

そのために、練習やレッスンで録音した自分の声を聴いて
より自分が納得できる声に改善していくこと。
自分の耳で聴く自分の声と、録音した自分の声の印象とは
必ずしも一致しないんですよね。

あと、「今の声の感じ、わりといいな」と思えたときのポジションを
自分に定着させていくこと。
自分の中では「こんなにキンキンした声で、この出し方でいいのかな?」
と不安になりますが、それはよく響いているということなんだな。たぶん。

そして、こういう「自分の声の掘り起こし」は
あくまで、「歌詞を自然に語る」なかでやるのがよい☆
言葉への意識が、結構役に立つのです。


まだまだ歌える気がしてきましたー!
健康な私だけの声、しっかり掘り起こすぞっ。

by takahashi_chiharu | 2011-05-04 20:36 | リハーサル日記 | Comments(0)