もうひとつの区切り

先日のリサイタル。
藝大を(長いことかかって)修了し、
いよいよ、歌い手としての第1歩を踏み出すために、
学生としてではない「うた」を歌い始める、
スタートラインに立った。

そんな、「旅立ちの日」になったと思います。


そして、今日。
もう一つの区切りを迎えました。
何かというと・・・


じゃじゃじゃじゃーーん!!!
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これは、私が書いた、博士論文を製本したものです。

長い長いタイトルが付いております。
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ピアノ伴奏付き歌曲における相対音程に基づく歌唱表現の可能性
―シェーンベルクの《四つの歌曲 作品2》を中心として―
であります。


・・・ナニ? どういうこと?
ですよね。。。

えーと。長い話になりますが・・・

私、大学院の修士~博士で、ほぼ「ドイツリート一筋」に勉強してきたわけです。
でも・・・納得のいく歌が歌えない。
発声とか、表現の仕方とか、いろんな面で行き詰まりも感じて、なんとか打破したくて
留学しました。
向こうでは、発声のテクニックを教えてくださるドイツ人の先生との勉強の中で
発音の仕方も、発声上の問題も、前よりはずいぶん、改善されたと思う。
・・・って言っても、1年ちょっとの留学でしたので、いろんなことに限りがありましたが
向上するためのヒントは、たくさん頂いたと思っています。
今でも、向こうで教えていただいたことが、ずいぶん役に立っています。

で、戻ってきて
博士論文書こうと思ったときに、
「高橋さんだから書ける論文にしようよ」
と、論文執筆の指導をしてくださる先生に励まされ。


私だから書けること、かぁ・・・
私って、どんな活動してきたかな・・・

って思ったときに、
歌を勉強し始めた高校生のころから、常にお付き合いしてきた

「合唱」

を歌うときのことを、ふと思ったのです。

特に、論文を書くまでに、10年近く続けてきた
Vox humanaでの活動のこと。

アカペラで、アンサンブルするとき、
私はアルトなので、大概、主旋律担当ではありません。
メロディに対して、美しいハーモニーを重ねる役割を担っています。

アカペラでハーモニーをつくろうとするとき、
誰かが絶対音感を持っていたとしても、
その人の「ド」に対して、よくハモる「ミ」を歌わないと
キレイなハモりは聞こえてきません。
しかも、アカペラで合唱をしたことがある方はご存知だと思いますが
「ド」と「ミ」でハモる時は、「ミ」のピッチが低めのほうがハモり易い、とか
「ド」と「ソ」でハモる時は、「ソ」のピッチがちょびっとだけ高いとハモり易い、とか
いわゆる「純正律」的なテクニックが必要ですよね。
逆もまた然りで
「ミ」に対する「ド」と、「ソ」に対する「ド」は
厳密には、違うんだよなぁーこれが。

こういうとき、「私は絶対音なんだから!私がピッチ合ってるのよ」と
頑として周りの音を受け入れられない人がいると・・・
美しく響くハーモニーを作るのは、難しいと思います。
お互いに、相手を認めあわないと・・・

さらに、
ハーモニーをつくるのと同時に、メロディに対しての「おまけ」ではなく
歌っている人それぞれが、自分の節を生き生きと歌う必要があります。
みんなで、ひとつのハーモニーを作りつつも、個々人は、自由。
そんなアンサンブルが魅力的なんじゃないかなぁ、と
私は思っています。

身勝手でもなく、誰かに付き従うのでもなく。
そういう、アンサンブルするときの感覚みたいなことは、
おかげさまで、ずいぶん養われたと思うのです。


ひるがえって。

Vox humanaなんかで、みんなでアンサンブルするとき、
周りのみんなとのつながり、でもその中でも個々は生き生きとしてる
あの気持ちよさって、リートを歌うときには、味わえないものなのかなー。

・・・リートを歌うときには、歌い手は一人だけど、ピアニストさんがいる。
ピアノと声、って楽器は違うけどアンサンブルには違いないよね。
でも、私、アカペラで歌うときみたいには、気持ちよく歌えてないなぁ。
ピアノの音に、包まれたり支えられたり導かれたり導いたり、してるつもりだったけど・・・
もしかして、リートを歌うとき、一人で頑張ろうとしてたんじゃないかな。

ピアノの音は、調律師さんが調律してくれるけど、
調律したら、いつでも「ド」はひとつの「ド」。
(しかしピアニストさんは美しい和音を求めて、
和音を構成している音のバランスを取って、弾き方を工夫してくださっています。)
でも、人間の声は、いつでも自由に高さが変えられる。
自分で自分の声を調律してるのです。ひとつの曲の中でも、常に。

・・・だったら、
ピアノの音に対して、もっとハモる声で歌えるんじゃないかな、もしかしたら・・・

自分の節を生き生きと歌いながら、
ピアノとのハーモニーを作る。
もしそれができたら、
ピアノと声が合わさったその「音」こそ、
作曲家が求めた響きなんじゃないかな・・・

今まで、詩の情景を考えたり、
言葉のしゃべり方を工夫したり、
思いをこめて歌ってきたつもりだけど、
そこに、さらに「ハモる音」が加わったら・・・
もしかして、歌のメロディーも、そこに載せられた言葉も
もっともっと自由になって、かつ説得力を持つんじゃないかな!?


・・・と考えて書いたのがこの論文です。

しかし悲しいかな、
「あなたの歌声はピアノといつもハモっているか?」と聞かれると
様々な要因に足を引っ張られ、自信をもって「はいっ」と言えないので
現段階では、説得力に欠けると言わざるを得ないのですが・・・

まぁ、こういう切り口もあるかも。ということで。
ここから、説得力のある歌へのきっかけが掴めるかもしれないよ。
練習段階で、ちょっと、こんなことも考えてみてはいかがでしょう。

という程度のことなのです。。。
お恥ずかしい。


論文の執筆は、ものすごーく大変でしたが
私にとっては、これまでの活動をもとに書いたものなので
良い記念になりました。
さらに、一度書いてあった論文を、製本するに当たって
誤字脱字をチェックし、
説明が足りなかった部分を補筆し、
読みづらい部分は改めて・・・
という作業を、実はリサイタルの4日前までやっていたので
(・・・時間はたんまりあったはずだったのにね。。。爆)
完璧には程遠いものではありますが
(それなのに半永久的に残るという。。。爆爆)

こうして、きちんと製本して、藝大に提出した今日のほうが
卒業式に出たときよりも、

これで、藝大でやらなきゃいけないことは、すべて終わったなぁ・・・

と、区切りが付いた感覚がありました。

もっともっと、勉強できたはずだけどね。。。
たとえば語学とか、ドイツリート以外の歌曲とか・・・
学校を出てから、実際にお仕事したりし始めると
ああー自分勉強が足りてないなーって焦るんだけどね・・・
必要に迫られないと、ダメってことかなぁ。

しかも、声って、日々ゆーっくりと変化していくものだから。
私も、まだまだ現状に満足できません。
もっといろいろ、できるようになりたいな。


次に向かって、そろそろ、動き出しましょうかね。
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Commented by backy at 2010-06-26 00:21 x
博士論文、blogを拝見した限りではかなり興味深い内容ですね。理論面ではほんとに勉強不足なので、専門家の論文は読んでも理解できるかどうかはわかりませんが、読むことができるならば読んでみたいです。
Commented by takahashi_chiharu at 2010-06-26 21:08
>backyさん
コメントありがとうございます。
製本した本は、いずれ
東京藝大の図書館
(だれでも入れますし手続きをすれば誰でも所蔵本を見ることができます)や
国立国会図書館に置かれるそうです。。。ひえー。
期限までにえいやっ!と書いた論文でしたが
長いこと放置した末に、リライトのため改めて読んだら
あまりの読みづらさ、説明のなさに愕然としまして
親切第一をモットーに加筆・修正をしましたので
シェーンベルクの曲をまったく知らなくても
なんとか、読んでいただけるのではないかと思います・・・
アカペラ経験者のbackyさんなら、
ハモる音程を作る過程の話は、
ふむふむと読んでいただけるのではないかと・・・

文章を書くのはわりと好きなのですが
理詰めで、矛盾なく読む人を納得させていく文章を書くのは・・・
大雑把な私には、はっきりいって向いてないなぁ、と
よーくわかりました。。。
by takahashi_chiharu | 2010-06-23 21:00 | 日々のこと | Comments(2)